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MILANO UNICA

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ミラノの初日の仕事が終わり、常宿の“ホテルドメニキーノ”に戻ってきました。
夜の会食に出かけるまで、束の間の休息です。
左上写真は、今日訪れた服地の総合展示会、“ミラノウニカ”会場の外観。
その他の写真は、その中の紳士服地展示会“イデアビエラ”の会場内の様子です。
今日は英伊の多くの出展メーカーのブースで商談を行い、有意義な時間を過ごす事ができました。
それでも一日で廻りきることはできないので、明日も朝から会場に行きます。
週末はミラノで過ごし、月曜日にはミラノから車で90分程の距離にあるイタリア服地の産地、ビエラに向かう予定になっています。

NARITA AIRPORT

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今、成田空港第1ターミナルの53番搭乗口で、フランクフルト行きANA209便の搭乗開始を待っています。
これからフランクフルト経由でミラノに向かい、17日間に亘る今回のヨーロッパ出張がスタートします。
毎回ながら、長旅を前に浮き立つような、少し不安なような何とも言えない気分になります。
機会がありましたら現地からアップしたいと思います。
右写真の奥に見えているシンガポール航空機の機体は、総2階建ての最新鋭機“AIRBUS A380”のようです。

JIRO & MASAKO SHIRASU

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激動の時代を駆け抜けた「風の男」として知られ、その生き方やダンディズムが、今も注目を集めている白洲次郎。
そして、その夫人にして文学、骨董の世界で自らの「美」の世界を作り上げた白洲正子。
そんな二人が愛用した身の回りの品々や、正子が見出した初期伊万里や信楽の壺などの骨董、そして住居“武相荘”の食卓の再現など約180点を展観し、二人の生涯と暮らしぶりを紹介する展示会が9月23日(火)まで松屋銀座(左上写真)で開催されています。
お取引先様から入場券をいただいたので、私も昨日行ってきました。
会場内は撮影禁止の為、残念ながら展示品の写真はありませんが、白洲次郎ファンである私にとってはたまらない、多くの貴重な品々を見学することができました。
白洲次郎がサヴィル・ロウの老舗“ヘンリー・プール”で洋服を仕立てていたのは有名な話ですが、会場ではヘンリー・プール製のタキシードなども展示されていました。
左下写真は、豊富な写真と共に二人の足跡を紹介する新刊で、会場内でしっかりと購入。右下写真も同じく会場で購入したもので、通常は鶴川の“武相荘”で販売されている絵葉書。
次郎がケンブリッジ大学留学中に愛用し、英国人の親友と共にジブラルタル海峡を目指した大旅行にも使用した“ベントレー3リッター”や、愛用した品々の雰囲気が素晴らしく、思わず買ってしまいました。
今の目標は、未だ訪れた事のない鶴川の“武相荘”の見学なのですが、何とか時間を作って今年中に実現したいと思います。

TOMIOKA SILK MILL ②

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中断してしまいましたが、“富岡製糸場”の話題に戻らせていただきます。
この史跡が誇るのは、日本の産業革命の原点という輝かしい歴史と共に、なんと言っても美しく重厚な西洋建築の数々です。
工場内は「倉庫」、「工場」、「住居」などいくつもの建物に分かれており、その殆どは明治5~6年に建てられたものですが、皆素晴らしいコンディションを保っています。
さて、内部の様子をご紹介いたしますと、左上写真は“乾燥場”の1階部分にある繭の搬入場所で、工場に到着した繭はまずこの建物内で乾燥され、その後右上写真の“倉庫”で保管されます。
そして、いよいよ“操糸”の工程となり繭から生糸が繰られるのですが、内部が一部見学できる“操糸場(左下写真)”は、創業当初フランス式の操糸器300釜が設置されていて、当時世界最大規模の工場だったそうです。
この建物には「トラス構造」という従来の日本にはなかった工法が用いられており、建物内部には柱のない広い空間が保たれています。
また、採光のために多くの窓ガラスが取り付けられている為、工場内は非常に明るく開放的です。
この工場は昭和62年まで実際に操業していた為、現在残っている機械は昭和40年以降に設置された自動操糸器(右下写真)ですが、建物内にいると創業当時の雰囲気を十分に窺い知ることができます。
今回は駆け足の訪問でしたが、ガイドツアーもあるようですのでまたゆっくり行ってみたいと思います。

CLUB LEGEND 20TH

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普段とは趣がだいぶ異なりますが、今回はナイトシーンの話題をお届けいたします(ちなみに、本日は催事の為休日出勤しています)。
テレビ等でご覧になられた方も多いと思いますが、昨夜有明のイベント会場“ディファ有明”に於いて、バブル時代後期に一世を風靡した伝説のディスコ“ジュリアナ東京”が一晩だけ復活するというイベントが行なわれました。
これは20周年を迎える音楽配給会社“AVEX TRAX”の記念企画、“CLUB LEGEND 20TH”の第一弾イベントで、今後もクローズしたディスコを復活させるイベントが続くそうです。
“ジュリアナ東京”の全盛期には私は高校生で、実際に行ったことは無かったのですが、当時は“ジュリアナ東京”のCDが流行っていて、私が通っていたクラブでもよくかかっていたので、今でもあの頃のテクノを耳にすると思わず嬉しくなってしまいます。
さて、音楽業界で事業を営む弟(三男)から特別招待券をもらったので、友人と連れ立ってこのイベントに行ってきたのですが、開演の18時から遅れること21時頃に現地に到着した時には、なんと入口から400m近い列が出来ており、あらゆるところに人人人....
昨晩は入場できなかった人も含め約13,000人が集まったそうですが、私たちも特別招待券の恩恵があって列の先頭の方に入れたものの、そこからたっぷり1時間以上待つことになりました。
左上写真は、ゲートを抜けようやくたどり着いたエントランス。
その横には3台のランボルギーニが展示され(右上写真)、バブルの頃の華やかな雰囲気を再現しています。
ホールに入るとちょうど“TRF”のショートライブが始ったところで、会場は大盛り上がり(左下写真)。
そして、その後は往年のテクノの名曲の数々が流れ、会場は深夜にかけてますますヒートアップしていきました(右下写真)。
「ボディコン」、「お立ち台」、「扇子」という、今ではもう見る事の無くなったバブルの頃の遺産に久しぶりに目にし、活気のあった当時の世相を懐かしく思い出してしまいました。
時の移ろいを身に染みて感じます...
PHOTO: SPECIAL THANKS TO M・K

CAR MAGAZINE

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“富岡製糸場”訪問のトピックの途中ですが、私の趣味の車の話題を一つ失礼します。
新・旧の輸入車好きの間では有名な雑誌“カー・マガジン(ネコ・パプリッシング刊)”の10月号(現在発売中)に、私が出場したヒストリックカーのタイムラリー“第7回 ジーロ・デ・軽井沢”の記事が1ページ掲載されています。
残念ながら雨だった初日の写真しか無く、また私の愛車の姿も見当たらないのですが、記事を読んでいると今となっては随分昔に感じてしまう3ヶ月前の冒険旅行がなんとも愛おしく思い出されます。
この雑記帳でも書かせていただいたように、このラリーの結果は102台中4位という、恐らく今後二度と超えることができなさそうな自己ベストだったのですが、来年は「3位以内」という壮大な目標を掲げて頑張りたいと思います。
来年の5月が早くも待ち遠しいです...

TOMIOKA SILK MILL ①

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先週末は軽井沢に行ってきたのですが、今まで気になりながらも見学の機会がなかった“旧官営 富岡製糸場”を訪れてきました。
東京から軽井沢に向かう途中、上信越道の富岡インターから約10分の同工場は、明治5年に官営工場として設立され、明治26年に民間企業に払い下げられて以降は昭和62年まで実際に操業していました。
“富岡製糸場”は当時の主力輸出品であったシルク糸を効率的に大量生産する為に造られた日本初の近代工場で、日本の産業革命の原点としてその価値は高く、平成19年に「世界遺産暫定リスト」に記載されるなど、近年は世界遺産登録への機運が高まっています。
工場内部の様子は次回ご紹介させていただきます。

EMPIRE MILLS

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今回は、今季の“ブリタニック・コレクション”にその服地が収録されている新登場のメーカーブランド、“エンパイア・ミルズ”をご紹介いたします。
“エンパイア・ミルズ”は、ヨークシャーの大都市リーズの近郊ブラムレーを本拠地とする創業1915年の同族経営ミルで、主に英国国内市場向けにコストパフォーマンスの高い紳士服地を生産してきました。
その生産規模、品質管理共に郡を抜いており、ビジネススケールにおいてもイタリアの大手ミルと肩を並べられる数少ない英国ミルと言えます。
写真は工場内の様子で、左上から時計周りに「WARPING(整経)」、「WEAVING(製織)」、「PERCHING(検反)」、「WAREHOUSE(倉庫)」となっています。
「FINISHING(仕上げ)」は、数倍の価格の高級服地も扱っている外部の提携工場に於いて同様の工程で行なわれる為、“エンパイア・ミルズ”の服地はしっかりとしたボディーを保ちながらもしなやかな質感を持っています。
スーパー110'Sとスーパー100'Sを含む37色柄の魅力的な服地の数々は、“LUXURY SUITINGS Ⅱ(M813)”のバンチ(現在準備中)に収録されておりますので、是非お手にとってご覧下さい。

###お取引先様へのお知らせとお願い###
まだお送りする準備が整っていない為、お手元にお届けするまでもうしばらくお時間を頂戴いたします。ご容赦下さい。
バンチの冊数には限りがある為、各お取引先様の前年のお取引状況に応じて新バンチをご用意させていただいております。
ご希望に添えない場合もありますが、何卒ご理解をお願いいたします。

YORK ②

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素晴らしい文化と多くの歴史的建造物を誇る古都ヨークでは、市内の至る所でその片鱗を見ることができます。
“シティー・センター"と呼ばれる市内中心部のショッピングエリアは、重厚で綺麗な街並みではあるものの、基本的には他の英国の地方都市と変わらないのですが、“ヨーク・ミンスター(ヨーク大聖堂)”近くのあるエリアに行くと、その雰囲気が一変します。
“THE SHAMBLES(ザ・シャンブルズ)”と呼ばれる昔からある細い路地が集まるそのエリアは、古いものでは14世紀頃に建てられたという商店の数々が今でもそのままの姿で残り、しかも現役で使われています。
左写真のインテリア用品店は、綺麗に改装されておりピカピカですが、右写真の特に古い商店の数々は年季の入った外観が独特の雰囲気を醸しだしていて、通りに入ると童話の世界に迷い込んだような気分を味わうことができます。
こういう素晴らしい建物が今でも残っている理由には、地震が少なく、戦時中も空襲の被害がなかったことも挙げられるのですが、なによりも英国人の歴史や文化への敬意の高さがあるように思います。
我々日本人も、英国には学ぶことがまだまだ多くありそうです。

YORK ①

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海外出張シリーズに戻らせていただきます。
今回は、メーカー訪問の合間を縫って訪れた、ヨークシャーの古都ヨークをご紹介いたします。
私にとっては、学生時代に2年間を過ごした大変思い出深い町でもあるのですが、西暦71年に古代ローマ人によって発見されて以来、一時期はイングランドの首都に選定されかけた程の輝かしい歴史を誇るこのヨークは、日本で言うとまさしく京都のような位置付けの重要な都市で、多くの美しい歴史的遺産を今に残していることで知られています。
ヨークは、旧市街地が現在も古代ローマ時代と中世に造られた城壁に囲まれており、昔は城砦都市だった事がうかがえます。
ローマ帝国の統治の後、中世にはヴァイキングによって治められていた時期もあり、“YORK”の名はヴィキングがこの町に付けた名前“JORVIK”に由来しているそうです。
さて、私が住んでいたフラットがある通りは、城壁から通り1本という近さなのですが、城壁をくぐると“ミュージアム・ガーデン”という博物館を有する庭園があります。左上写真が城壁と庭園への入り口、右上写真は庭園内にある古い教会の遺跡です。
ヨークではこのような美しい光景を、町中で当たり前のように見ることができるのですが、この公園は町の中心部への近道だった為、私も毎日のように中を歩いていました。今思えば、なんとも贅沢な環境でした。
下写真は、ヨークが誇るランドマークにして、カンタベリー大聖堂と共に英国国教会の要衝である“ヨーク・ミンスター(ヨーク大聖堂)”です。
町のどこからでも望むことができるこの美しい大聖堂は、1220年から1480年にかけて建設され、当時はヨーロッパ最大規模の聖堂だったそうです。
-続く-